犬生の気高さよ

君を忘れない

現代人は電気羆の夢を見るか?知床1人旅-day1 ウトロへの道のり編

網走監獄博物館を楽しみ、バスも定刻通り来たので無事に乗り込んで網走駅に向かう。
来た道を戻って10分ほどで網走駅に到着

網走駅の看板が縦書きなのには理由がある。

国鉄時代には、網走刑務所で刑期を終えた元受刑者のほとんどがこの網走駅から列車に乗って故郷等へ向かっていったので、網走の街を去る際に「この縦書き看板のように横道に逸れることなく真っ直ぐに歩んで生きていってほしい」との願いが込められているそう。いい話だな〜

網走駅の中には歴代の特急の看板らしきものが飾られていた。なんだかお洒落だ。

“おおとり”ときたら、わたくしの恋人こと鳳長太郎くん

キョロキョロしていたら写真を撮るのを忘れていて、残念ながら網走駅構内の写真がこれだけしかない。
目的地までの切符を券売機で買うという行為を何年振りかにして、待合室の椅子に座る。
次の電車まで1時間も無いというのに、電光掲示板の表示が無く真っ暗であったことがなんとなく引っ掛かり、念の為スマホで乗換案内を確認した。

ん?一部運休?
このあたりで心がザワザワし始める。
まさか、まさかな…と思いつつ、荷物整理などを始める。やっとる場合か。
現実逃避のように荷物の整理を終え、意を決して運行状態を調べ直す。運休してる…のか…?雪も降っていないのに?
信じたくない気持ちのまま立ち上がり、駅窓口を覗くも駅員さんが居ない。完全にテンパっているのでそのまま隣の建物にある観光案内所に向かい、窓口のお姉さんに問う。

「あの…ここって駅員さんって居ないんですか…」
「窓口に呼び出しベルが無かったですか?」

馬鹿なのか。気付けよ。お姉さんにお礼を言いつつまた隣の駅舎に戻る。
シティガールなので駅員が居ない駅窓口というものに馴染みがないことは許して欲しい。
呼び鈴を鳴らすとすぐ近くにいた駅員さんが出てきてくれたので、恐る恐る訪ねる。

「あの…もしかして知床斜里行きって運休ですか…」

頼む、勘違いであってくれ、何かの間違いであってくれ…この期に及んで受け入れられずにいた。

「はい、運休ですね」

あゝ無情。希望的観測に縋るその手をバサリと斬り捨てる駅員のお言葉。
とりあえずその場でついさっき購入したばかりの切符を払い戻してもらう。

知床斜里行きの電車って他にないですよね?」
「あ〜…18時台のやつは運行予定ですけど」

その時間の電車だとその先のバスに乗れない。それだと意味がないのだ。

「じゃあ、それ以外だともうタクシーしか…ないですかね…」
「そうですねぇ」

タクシー。口にしたくなかった言葉。恐れていた事が現実になってしまった。
しょぼしょぼと萎れた気持ちのまま、また隣の観光案内所に向かう。お姉さんの笑顔に幾分ほっとする。

知床斜里まで行きたいんですけど、電車が無ければタクシーしかないですよね?」

いえいえバスがありますよ、という情報を与えてくれないかという希望を込めて確認してみるが、やはり選択肢はタクシーしか無かった。
網走駅16:17発の釧網本線に乗り知床斜里まで行き、そこから18時発のバスで目的地であるウトロ温泉まで移動する予定だったのだ。
電車が運休となったことで、網走から知床斜里間はタクシーでの移動が決定した。
観光案内所のお姉さんが知床斜里までのタクシー料金を調べてくれたところ、なんと13000円。い、いちまん…
電車だと970円である。実に14倍になってしまった。北海道のタクシーは冬季料金というものがあり、2割増しになっているのでこの値段ということだった。
冬季料金!そういうのもあるのか……これには井之頭五郎も意気消沈である。

しかし背に腹は変えられない。移動しないわけにはいかないのだ。タクシーを呼んでもらい、待つ間にお姉さんと談笑する。
聞けば、この釧網本線は赤字路線のため、ちょっとしたことで運休になるらしい。乗客がフルで乗っても赤字になる路線の話を聞くともう何も言えない。
まぁ運休になったことで私のような乗客を逃しているのだが、その分はタクシー会社に支払うことで網走に還元出来ると思えばよいのだ。そう、この旅は訪れた土地に観光客として大いにお金を落とすことが目的。これでいいのだ…
そう己に言い聞かせながら悔し涙を堪える。

タクシーを待つ間に、観光案内所でニポポのキーホルダーやポストカードを購入。

ゴールデンカムイの読者ならご存知かと思うが、作中で白石が木彫りのチン…の御守りを流氷に突き立てて命拾いしていたことを思い出し、もしかしたら私も同じように御守りに命を助けられる場面が来るかもしれない、と思い至り購入した。
この旅では御守りを流氷に突き立てて命拾いするというシーンは無くて良かった。これもニポポの御加護だろう。

タクシーのお迎えが来たので、窓口のお姉さんに御礼を言って別れる。
とても気さくで話しやすく、運休の知らせに凍り付いた心が溶かされるような気持ちだった。網走の人の暖かさに触れる。お姉さんありがとうさようなら。

タクシーの運転手さんも人柄が良く、地元のファッキン運転手との違いにホッとしながら知床斜里への道を行く。
車窓からはオホーツク海が見えた。

50分ほどで知床斜里バスターミナルに到着した。
ちなみにこのタクシーはカードが使えなかったので現金払いだったのだが、やはり地方の旅は多めに現金を持っておくに越したことはない、とキャッシュレス女は身を持って知るのであった。

知床斜里に到着したものの、ウトロ温泉行きのバスまで1時間以上ある。
しばらく待合室でぼんやりした後、近くのセイコーマートに行くことにした。
セイコーマートは北海道オリジナルのコンビニである。

こんなもん人も車も通っていい道ではない。完全に氷上だ。それも氷に水をかけて更に凍らせたやつ。

セイコーマートに行く前に地元のパン屋を見つけたので寄り道をする。パン大好きっ子としては見逃せない。


3つほど買い込み、セイコーマートに足を向ける。
数歩歩いたところで、前触れもなくすっ転んだ。
そもそも転ぶのに前触れなんてものはないのかもしれないが、滑るとは思わないところでつるりと滑って綺麗に尻餅をついた。瞬間、自分でも驚きの反射神経ですぐに立ち上がったのだが、右手薬指をキャリーの持ち手と地面に挟まれ強打して負傷した。
尻も痛いが何より指が痛い。折れてたらどうしよう、と大袈裟に思いながら、めげずにセイコーマートへ足を進める。
試される大地の洗礼を受けたな…フフ……と1人笑いながら無事にセイコーマートへ到着した。

地方のコンビニというものは何故か心躍る。
ホットスナックの唐揚げに惹かれながらも、ホットカフェラテだけ購入してバスターミナルへ戻った。
セイコーマートのカフェラテは美味しかった。

しかしこのバスターミナル、乗客が居ない。さっきから自分以外の客の姿が無いことに不安に駆られる。
先程の運休事件があったことで猜疑心に満ちた私は、このバスもまさか運休なんてことはなかろうな、と案内板を見るがどこを見ても運休なんて文字はない。
不安を抱えながら先程買ったカフェラテを片手にチョコレートマフィンを食べていると、1人だけ乗客らしき女性が入ってきて安心する。

時間になるときちんとバスが来たので、そそくさと乗車しやっと人心地がついた。
これであとは終点まで乗ればホテルのあるウトロ温泉に到着するのだ。
まだ18時だというのに、深夜に知らない土地に1人ぼっちかのような漠然とした焦燥感があった。

1時間ほどバスに揺られ、ウトロ温泉バスターミナルへ到着。
無事辿り着き喜び勇んでバスを降りると、誰も居ない。車も居ない。19時前だというのに、深夜の街のような静謐さにヒヤリとする。
外出禁止令でも出ているのかという人気のなさ。
Googleマップで近くのホテルに向かうが、素人には雪で歩道と車道の区別がつかない。


犬の足跡に思わずニンマリとする。
足跡だけで人の心を温かくする、パーフェクトアニマルこと犬よ。

バスターミナルからほど近いホテルに到着。
1日目の宿は「知床ノーブルホテル」である。

http://www.shiretoko-noblehotel.com/index.html

部屋はこんな感じ。1人でもツイン部屋で広々。

全室バルコニー付きで、私は海側を予約したのでオーシャンビュー。

外は真っ暗でほとんど見えないが、窓が開いて小さなベランダに出れるようになっている。これは解放感があってとても嬉しい。

外観を撮るのをすっかり忘れていたので、公式HPの写真より。

このように全室バルコニー付きで、恐らく反対側の山側の部屋も同じようになっているのだろう。
バルコニー付きのホテルが好きなので、これがこのホテルに泊まる決め手になった。

バストイレ別なのも嬉しい

アメニティも充実


ホテルにしてはテレビもかなり大きめ

室内に電子レンジまで完備してあった

チェックイン時に言われて思い出したのだが、夜と朝にお弁当付きのプランを予約していた。
このご時世もあり、食事はレストランじゃなく部屋食出来るお弁当にしているので少し安いよというプランだった。
夜ご飯のことはすっかり忘れていたので得した気分になる。
朝食もお弁当ではあるがジュース等飲み物もあるので、朝はレストランに来てくれと言われた。
「本当、ガラッガラなので(レストランに来ても)大丈夫です」と言うホテルマンの笑みが切ない。
1人ぐらいが泊まっても大した足しにはならないだろうが、この旅にも意義はあったのだ。

チェックイン時に指定した時間になると、お弁当を部屋まで持ってきてくれた。
お弁当という響きから、軽食程度だろうと失礼ながら完全に期待していなかったのだが、想像を超えたボリュームのお弁当が来た。

左から、エビチリ 海老フライ 唐揚げ 焼売 かぼちゃサラダ 何かのクリームチーズ和え アワビと海藻の和物
ご飯 モンブラン りんごの大福 刺身(イカ・サーモン・鯖)
茶碗蒸し お吸い物 お漬物

弁当のレベルを越えていた。
もちろんあたたかく、どれも美味しい。
普段食べないものに対して知見がないので、クリームチーズと和えられているコリコリしたものが何かは分からなかった。分からないが、美味い。

大満足で食事を終え、入れ物は廊下に置いてある配膳台に乗せておいて下さいと言われていたので、弁当箱を持って部屋を出た。
ここで私が犯した過ちが分かるだろうか。
何も考えず、そのまま部屋を出たのだ。
弁当箱を置いて振り返り、ドアノブに手を掛けたところで気づく。

ああ、オートロック…

とりあえず服はまともに着ていて良かったと心底安心しつつ、1人笑いながらフロントに向かいヘラヘラと事情を説明した。
同じ過ちを犯す人は割と居るらしい。ありがちな罠だったのだ。
いやしかし、服を着ていて本当に良かった…と改めて胸を撫で下ろした。
自宅であれば着ていたトップスを脱いでヒートテック1枚で過ごすということもままあるので、その格好だと人前に出られないところであった。
みんな、ホテルでは室内でも服を着ておこう。

美味しい食事で満たされ、30分ほどテレビを眺めたりした後、次の目的地に向かうことにした。
食事は終えたものの行きたいところがあったのだ。

それがこちら。

知床酒場 ピリカデリック
〒099-4355 北海道斜里郡斜里町ウトロ東220
https://goo.gl/maps/XeM1vDYB2pHkLwvD9

周辺の食事処を探していた時に見つけたバーで、Googleマップの口コミがやたらと良いので行ってみようと思っていたのだ。
酒呑みではあるが普段1人で外に飲みに行くことはしない自分も、旅先では行動的になるのだ。
数年ぶりかに1人でバーに入ると、こぢんまりした店内には男性客が2人と女性のバーテンダーさんがいた。
店内もお洒落で、アットホームな雰囲気を纏っていた。

カウンターに座り、おすすめのにんじんビールとアテに鮭とばを頼む。
酒なんぞで太るのが嫌なので普段はビールを飲むことはほとんど無いのだが、このにんじんビールはとても飲みやすかった。
鮭とばも初めて食べたが、噛みごたえがあってなるほどいい酒のアテである。

1人で来店しても1人にならないのがこのバーのいいところなのか、地元漁師のおじさん2人とバーテンのお姉さんと会話しつつ呑んでいると、私と同年代ぐらいの女性が1人入ってきた。
彼女はバーテンとも顔馴染みのようで、同席した私も一緒に話を聞いていると、これからしばらく知床で働くために今日こちらに到着したらしい。
さまざまな観光地の繁忙期にだけスタッフとして働いて、また季節が変われば次の土地に行って…と日本各地を転々と移動して働いていると聞いてとても驚いた。
観光地のガイド手伝いやゲストハウスのスタッフ、山小屋のスタッフ、みかん農家の手伝いなど、その仕事内容は多岐に渡る。
基本的には観光関連の仕事をしているとのことで、知床にも冬季の観光客向けのアクティビティガイドとして働きに来たという。

まず、そんな世界があることに驚いた。
観光地のスタッフは皆現地の人だと思っていたからだ。まさか日本各地から集まって来た人達だとは思わなかった。
数ヶ月働き、繁忙期が終わればまた違う土地に向かう。北海道の島から静岡の山小屋まで、働く場所は多岐に渡る。
まとまったお金が入れば海外に1か月旅に出る。そういう暮らしをここ3年ほどしているらしい。
なんと夢のあることであろうか。わたしは甚く感銘を受けた。そしてバイタリティ溢れる彼女を心の底から尊敬した。

彼女の話を前のめりに聞きながら、チョコレートタルトも追加で注文した。美味しい。


人の人生の話を聞くのがとても好きなので、彼女に質問したり感心したりなどしつつ、漁師のおじさんに一杯奢ってもらったりなどしつつ、地元漁師とここ数年参入した観光業との隠れた軋轢の話を聞いたりなどしつつ、楽しく過ごしていると23時を過ぎてしまった。

まずい。ホテルの露天風呂は24時までだ。露天風呂と大浴場に入りたくてこのホテルにしたのに、逃すわけにはいかない。
「そろそろ帰ります」がこの世で一番言い出しにくい台詞でありながらも、勇気を出してお暇する。
1時間ぐらい飲んで帰るつもりが、結局3時間以上滞在してしまった。
自己評価としては人とのコミュニケーションが苦手な内向的な私が、旅先で1人バーに入り現地の人達と楽しい時間を過ごしたということは非常に喜ばしいことだった。
己にもそういう時間を過ごす能力があるのだ、と嬉しくなる。

流れで同年代の彼女とも連絡先を交換し、旅先で知り合いが出来る嬉しさに心躍らせながら、足取り軽くホテルへの道を戻った。
徒歩2分程度なので人気のない夜道も安心。
そういえば翌日のガイドさんは、ここでは不審者に出会うよりヒグマに出会うことの方が多いと言っていたな。

露天風呂が閉まる前にホテルに帰ったものの、深夜誰も居ない大浴場に1人で入る勇気はなかった。
カルトやホラー映画が好きでも自分ごととなると人並みに恐怖は感じるのだ。

露天風呂は朝食前に入ることとして、部屋のユニットバスでサッと入浴し、明日に備えて寝ることにした。
翌日は7時には起きて朝から大浴場に行き、ご飯を食べて8:30までには荷物をまとめて支度を終えるというミッションがある。
休日の朝7時に起床するという高いハードルを越えることができるのか?

明日の日を夢に見て、網走の夜に抱かれるのであった…