犬生の気高さよ

君を忘れない

現代人は電気羆の夢を見るか?知床1人旅-day2 ちっぽけな人間

6時間睡眠ののち、無事アラームで7時に起床。
知床2日目の始まりである。
とりあえずコンタクトだけ入れて寝起きのまま大浴場に向かう。

やはりというべきか、フロアには私以外は誰も居らず、浴場内も貸切であった。
他に誰もいないのでサッと写真を撮る。
素っ裸でスマホを構える姿はさぞ滑稽だろうと思う。

露天風呂からは小さな漁港が望める。

正直これは湯船に入るところが外から丸見えなのでは?と思うが、そもそも外に歩く人が全く居ないのであまり気にしないでおく。
朝の氷点下の気温の中、雪景色を見ながら入る風呂は格別だ。いつまでもぼんやりしていたいが、後のことを考えると所要時間は15分ほどしかない。
ほどほどにして、内湯に向かう。


内湯はガラス張りになっており、ここからも雪景色のウトロの街や、露天風呂からは見えなかった山も見える。
道路の前に見える建物は道の駅うとろ・シリエトクと知床世界遺産センターだ。
時間を気にせずもっとゆっくり入りたかった…

大浴場のフロアには休憩所もある。

朝食の時間になったのでレストランに向かう。
レストランの大きな窓からは右手にオロンコ岩が見えた。

いい景色。
オロンコ岩は高さ60mもある巨岩で、階段でテッペンまで登れるようになっており、頂上からはオホーツク海やウトロの街並みが一望できるそう。
時間が無くて行けなかったので、今度行った時は登ってみたい。

そして本日の朝食
朝から十分なボリューム。
ここでもふきの煮付けが出てきたが、もうふきを克服したので美味しく頂く。

満腹で部屋に戻ると、昨日は暗くて見えなかった部屋の窓からの景色がよく見えた。
大浴場やレストランからの眺めとあまり変わらないが、海が見える部屋というものは素晴らしい。
遠くの空に晴れ間が見え、今日の天気に期待が持てる。少しでも青空が見たい。


本日の予定はこの旅のメイン、午前は原生林トレッキング、午後は野生動物ウォッチングだ。
待ち合わせ時間の8:30にロビーに降りると、もうガイドさんの迎えが来ていた。
わたしのお願いしたネイチャーガイドは、ウトロ温泉地区のホテルであれば送迎してくれるのだ。

ホテルに荷物を預けてガイドの車に乗り込み、ひとまず事務所に向かい、そこでスキーウェアに着替えて長靴、手袋を貸してもらう。
ちなみに長靴・手袋・ニット帽は無料レンタル、スキーウェアは1000円で貸し出してくれる。
もちろん普段ウィンタースポーツなどしないのでスキーウェアなど持っておらず、貸して頂いた。

ここで冬の知床の装備について触れておきたい。
アクティビティの無い日はヒートテックインナー、裏起毛パーカー、ダウンコート、タイツ、裏起毛スウェットパンツ、厚手の靴下、ブーツ、マフラー で充分だった。
今日のようなアクティビティのある日は、ヒートテックインナー、Tシャツ、フリース、裏起毛レギンス、裏起毛スウェットパンツ、靴下2枚、その上にスキーウェア、肩甲骨と腹と腰に貼るカイロ
という装備で臨んだが、充分どころかトレッキングで3時間歩くと終わる頃には汗だくで暑すぎるぐらいだった。
特にフリース、暑すぎる!
裏起毛レギンスに裏起毛スウェットパンツにスキーウェアという下半身もモコモコで暑かったので、レギンスではなく普通のタイツでもよかったかもしれない。
この日は風が無くて穏やかな日だったので、恐らく風が強い日はもっと寒いとは思うが、2時間半山の中を歩き続けるとずっと寒いということは無いのでは…
とにかく脱ぎ着しやすい前開きの服装がおすすめ。


着替えを終え事務所からまた車に乗り、しばらく走った後に何もない道の路肩に止まる。
ここから原生林に入っていくと言うが、どう見ても道ではない。完全に道路の道端である。

ここでスノーシューというものを履く。

スノーシューとは西洋カンジキと言われていて、靴に着けると接地面積が増えることで体重が分散され、積もった雪の上も埋もれずに歩けるというものだ。
↓こういう昔に社会の授業で習ったような藁のカンジキの現代版という感じ

試しに普通の長靴で歩こうとすると、完全に足が埋まって進めない。
この器具ひとつで積もった雪の上もさくさく歩けるようになるものだからすごい。

ずんずんと歩き進めるが、道路からしばらくの間は原生林ではなく、人の手が加えられた森らしい。
北海道の開拓当時の人の住処だった場所に、後から人の手で木を植えているそうで、なるほど確かに木が等間隔に植わっている場所がある。

見慣れない白樺の木や動物の足跡がそこかしこにあり、それだけで胸が躍る。
人が歩いて出来た道を後から動物が歩いているらしき足跡もあった。

リスの足跡

人間の歩いた後を歩くテンの足跡

なんとこの森にはエゾクロテンも居るらしい。
絶対に会いたい!とガイドさんに宣言するも、テンはほとんど姿を見れることはないとのこと。
言葉通り、足跡は何度も見れど残念ながら姿は見ることが出来なかった…いつか見れますように。

しばらく歩き進むと、人の手を加えられてない原生林に入った。
ガイドさんの勧めで、荷物を置いて雪に倒れ込んでみる。
雪の下に何かが埋まっていて、倒れこんだ瞬間に身体に突き刺さって死ぬかも…といらぬ想像をしながら、思い切って後ろ向きに倒れ込む。


写真では全く伝わらないが、この光景が目に入った時の感動が忘れられない。
何の音もしない静謐な空気の中、いつまでもぼんやりと木々から覗く空を下から眺めていたかった。自分が地球の一部のように感じて、このまま雪に溶けたい…人間界に帰りたくない…と強く思った。雪の冷たさすら感じなかった。とてもとても心地良かった。

今回のガイドツアーは参加者がわたし1人で、なんとマンツーマンの道のりであったので、自分が言葉を発さず黙っていれば全く無音の空間になるというのも今思えばとても贅沢だった。
もう一度この光景が見たい。

日常生活で地面に寝転ぶなんてイベントは当然に起きないので、ただ転がっているだけで非日常を感じられてとてもよかった。
いつまでも寝転んでいたかったが、時間も限られているので歩き始める。

色んな動物が歩いていることがわかる。

これはキツツキの開けた穴。機械でもなく生き物がこんなに綺麗な形にくり抜くものなのか…と感動。

この下の方に埋まっている木は、一見人間の膝下ぐらいのサイズに見えるが、実は1メートル以上の大きさがある。雪で埋まっているだけなので、私たちは木の上を歩いている。実際の地面はこの遥か下なのだ。サイズ感がバグってしまう。

しばらく原生林を歩くと、遠くに海が見えてきた。

急に木々が無くなっているのは、地形的に海から吹き込む風が強くて木々が育たない場所らしい。
確かにこの場所だけ少し風が強かった。
林を抜けた先に見える海ってそれだけでなんだか感動的だ。

海の向こうに何も見えない。北海道の端っこに居るんだなと実感する。

また林の中に戻るとエゾシカに遭遇!初めて鳥以外の野生動物に会えた!

めっちゃ見てる。この耳につけられたタグは寿命などを行政に管理されてる子の印らしい。

ちびっ子もいる。

エゾシカたちはしばらくずっとこっちを見ていたのに、突然違う方向を向いて逃げるような姿勢になったので、あり得ないと思いつつもまさか羆かと思い焦った。
この時期は冬眠しているのでその可能性はほぼ無いが、秋だとあり得ないことでもないらしい。

ちなみに1番動物に遭遇出来るのは秋で、理由はどんぐりが豊富な時期だからとのこと。
動物みんな揃ってポリポリどんぐりを食べるのかと思うと可愛い。次は絶対に秋に来ることを決めた。その分羆との遭遇率も上がるのだが……


登り道が出てきたり、2時間以上歩き通しでこの辺りからかなり疲れてくる。
雪も降ってきて濡れた髪を軽く凍らせながらヒィヒィ歩いていると、また海が見えるところに出てきた。
ここもまたとても綺麗な場所だった。

青く凍っているのは「男の涙」と呼ばれる滝。
写真よりももう少し青くて、とても神秘的な光景だった。これは一生で一度は見たい景色だなと思う。

また登り道になり、そろそろ体力が尽きるぞ…と思いつつ根性で歩いていると、羆の爪痕を発見。


秋になるとこの木の上に山葡萄がなるので、それを獲るために木登りをするらしい。
本当にこの場所に羆が暮らしているんだなぁ。感慨深い。

その後15分ほど歩いて、最終地点に到着。
歩いたルートは恐らくこれ。

ニュアンスなので間違ってるかもしれないが、多分大体こんな感じ。
こう見るとすごい距離に見えるが、これで大体3時間弱程度。

文字にすると味気なくてこの感動を満足に伝えることが出来ないが、この経験は間違いなく私の人生で大きなものになった。
人間の手が及ばない、あるがままの自然に触れたことで、地球は人間だけのもので無いことを改めて再確認出来たことが嬉しくて堪らなかった。
人間以外の生物がこの地にそれぞれ暮らしている痕跡が見られただけで、何故かとてもホッとする気持ちになった。
雪の上に寝転がると、覆い被さるように視界に入る木々とそこから抜ける澄んだ空。
雪に吸音されて全ての音が消えたように完全に無音の世界。
森林を抜けた先に見えた海と雪景色のコントラスト。
何よりそこで出会った動物のリアルな息遣い。
全てが新鮮で、美しかった。そのひとつひとつに心が癒されていく実感があった。

流氷がプランクトンを運んできて、豊富な海洋資源が海の生き物を呼び寄せ、それらを求める動物が息づいており、それらを尊重し大切にする人間が暮らしている。
自然とヒトが、それぞれ地球上の生き物の中のひとつとして共生している。

今の自分が必要としていたものは、地球にとって人間がちっぽけな存在であると実感できるような、雄大な自然の姿を見ることだったのだ。
知床という土地が育む自然の雄大さに、今この時の自分の魂は救われた。

つらつらポエムを書いてしまったが、御託は抜きにして人生経験としてとても良いものであったので、この文章を読んでいる人達もいつか知床で原生林トレッキングにチャレンジしてみてほしい。
3時間ちょっと歩き続ける体力と、その間トイレに行けなくても大丈夫な膀胱の持ち主でなければならないが、歩いてみれば意外となんとかなるので皆に強くお勧めしたい。


最終地点に辿り着くと、ガイドさんの車に乗せてもらい、任意の場所まで送り届けてもらう。
私はそのまま昼食をとりたかったので、道の駅で下ろしてもらった。
ガイドさんはホテルに荷物を引き取りに行くのにも付き合ってくれ、道すがら辺りのおすすめの食事処も教えてくれ、とても親切な方で有り難かった。

とても充実した午前中を過ごし、2日目の午後に続く。